ことわざ4

青柿が熟柿弔う


熟した柿が落ちて潰れた様子を、青柿がざまを見ろと指さすというもので、五十歩百歩のことです。
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年寄りをいじめてみても、いずれは若者も齢を重ねていきます。
人間は、頭ではわかっているようでも実際にその場にならないとわからないものです。
自分が親の歳になって、なぜ親があの時あんなことを言ったのか、わかるのもそうです。

高齢化社会で、元気な年寄りが増えると、それはそれでいいのですが、年寄りと若者と別れていくのも問題です。そうでなくても今の日本は子供、高校生、ビジネスマン、主婦、シニアと分離された社会です。例えばシニアと高校生が話しをすることは親戚以外ほとんどありません。
相手を知らないことは、憎しみに繋がることもあります。相模原の障害者大量殺人も、犯人は障害者を自分と同じ人間ではなく、何か別の生き物として見ていたのではないでしょうか。

縄文人は集団で生きていたので、手足の不自由な人がいても、大切にしていたそうです。怪我した指を切り落としたりしないのと同じことで、自分たちの一部であるからです。

脳科学者が人間社会に差別が無くならないのは、仲間を作るオキシトシンという物質があり、仲間を作ることでそうでないものを排除するという宿命的なものがあると言っていました。ですから一匹狼的で冷たい人間が集まれば、差別は無くなるかもしれないけど、それはそれでどうなのだろうかということになります。

仲間を作る、差別をしない。この矛盾した所を行ったり来たりしているのが人間です。今の愛国主義とグローバル化、難民、移民問題など世界的な課題となっています。どちらかに偏することなく、微妙なバランスをとることで、人間の叡智をいかしていきたいものです。

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